とりあえず今日から

とりあえず今日から

【R40】不安定な足取り記録      遠くに跳ぶことと、不動産鑑定士になることを目標とするオトウチャンの備忘録。友達は子供含めて片手で数えられるくらい。

リミッターを解除する

夜間練習後、居間のソファでYouTube見ながら寝落ち… 誰にも起こされることなく、気付けば深夜。

今宵も規則正しく、心身抜け殻状態のまま主観を綴ります。

 

「できなかったことができるようになる。」

 

この瞬間に立ち会う機会の多いR40です。そこには挑戦を楽しむ子供たちの姿があります。 

逆に大人になると、できることしかしない傾向にあるように感じます。言い方を変えると、挑戦しなくなります。成果や評価の上に生きるからでしょうか。効率や合理性を主張する声もあります。勿論、そこに良否はありません。それぞれ環境も異なりますから。 

しかし、そうした大人の多くが今、社会の変化のなかで、苦境に立たされているようにも思えます。できること自体がなくなりそうだと。

 

未来を生きる子供たちに対し、人生無駄に遠回りのR40が、走りながら思うことが3つほどあります。

 

1:結果を恐れず、他人の評価を気にせず、色んな種目(分野)に挑戦すべきということ。

2:不得手とも向き合うなかで、自分の弱さを知り、それを克服する過程で得られる力は強さになるということ。

3:それは本質的な力であり、状況を問わない力であり、応用が利く力であるということ。

 

スポーツでもビジネスでも、環境に左右されない、突き抜けた存在がいます。自らのリミッターを解除して、新たな挑戦を求める人たちです。そこに昨日の自分を超えていく、大きな力が隠れていることを彼等は知っています。

 

ただ間違いなく言えることは、大人の挑戦は疲れます。

抜け殻からは以上です。

 

 

(終わり)

青春スポーツ

どうも、更新を怠ったR40アカスケです。

今宵のブログを綴ろうと、眼鏡姿のオフモードになろうかとした、そんな時に限ってコンタクトの洗浄液がない。

夜中のドラッグストア。店内CM放送でダンディ坂野がゲッツ!を連呼している。ひとりで笑っていたら、危ない人に思われる…と意識するほどツボに響く。化粧品の美人ポスターまでダンディに見える。

耐えに耐え抜き、洗浄液も無事にゲッツ!&ターンで、今に至ります。夜中の外出は控えましょう。

 

最近、競技場で旧友と再会することが多くあります。

この日も22年振りの再会がありました。私も含め、共通して30代後半から再び走りたくなったと言います。何のしがらみもなく、夢中になっていた頃の純粋な気持ちに、改めて向き合い始める御年頃なのかもしれません。

 

歳月を経ても、そこに違和感を覚えないのは、「競技」という共通項で繋がっていた、無垢な時代を知るが故であり、こうした関係性が青春スポーツの賜物かと、そう思います。

 

結果を競い合っていたライバルたち。時に成功に嫉妬したり、失敗を願ったり。でもオジサンになると、挑戦しようとする相手の姿に深い敬意を感じます。

 

22年振りの仲間は、次のフルマラソンに備え、汗まみれになりながら苦悶の表情で走っていました。

ぜひ、勝利をゲッツ!してほしい。

 

 

(終わり)

 

ホントに雑記 其の1

嬉しいことにまた星が!本当に感謝です。

こうなると、自分のメモ書きブログの中身が、少し恥ずかしく思えてきました。しかも、星をくれた方々のブログを見れば、なんということでしょう。お洒落で知的で、もう凄すぎて絶句。秘孔を突かれた気分です。

ということで、今宵はケンシロウのこと。

 

今、息子のなかで「北斗の拳」が大変熱いようです。

かつての私と同じように、乱世の漢たちの生き様に、魅せられたのかもしれません。

時々、風呂から息子の歌う「愛をとりもどせ」が聞こえてきます。

ちなみに、妻が学生時代、コンビニバイトをしていたときに、ハイボイスの人がよく買いに来ていたとか。 

 

この不屈の名作、偉大なる長兄(ラオウ)の苦悩と、時折見せる優しさが、不覚にもR40の涙を誘います。

さらば強敵(とも)よ。

 

先日のこと、その「北斗の拳」と「ビックリマン」がコラボした「北斗のマン」というシール付きの菓子を、コレクト好きの息子がひとつ買ってきました。すると、いきなりケンシロウをゲット。

ここで止められないのが子供というもの。翌日、更にひとつ買ってきました。そして当ったシールを私に見せて、どんなキャラクターか尋ねてきました。

 

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元祖断末魔。なかなかのレアキャラだよと伝えておきました。でも、信じていないようでした。

こんな日常しかないR40です。とりあえず7つの星を目指します。

 

(終わり)

強くて優しい人

 

最近、記事に星をくれた人がいました。私としては驚きで、恥ずかしくも嬉しい出来事です。

R40、誰かに褒められることもなければ、叱られることもない、孤独な生き物です。娘には一応家族と呼ばれています。

 

さて、今宵もほぼ主観です。

 

連休中も息子と競技場に足を運びました。

子供との時間は十分過ぎる程ありましたが、一緒に走っている時間が、他のどの時間よりも、充実感で満たされていた気がします。

練習ではいつも、楽しさがキツさを超えてきます。それだけに調子に乗って、未だに怪我に悩める私です。

何にせよ、独りでは得にくい感覚があります。

 

何かを成し遂げることを決めたとき、孤独と向き合う意志力が試されます。その過程を共有できるパートナーの存在ほど、貴重なものはない気がしています。

私の知る強くて優しい人たちは、その両方を理解している人たちでした。

 

鍛錬とは自分と向き合い、欠陥に気付き、それを自分で修復していくことの繰り返しです。

高みが高いほど、追及すればするほど、孤独は近くなるものかと思います。

 

だからこそ、仲間には、子供たちには沢山の金を...もとい星をあげよう、

そう思うのであります。

 

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(終わり)

長い目を持つということ

本日は陸上の記録会(上の娘)、寝不足の私はタフマン飲んで応援しました。

 

エントリー種目は走り幅跳び。結果は3m67cmで9位(58人)でした。

記録会ということで、予選は試技が2本のみでしたので、親心としては決勝(上位8名)で+3本挑戦させてあげたかったのですが、競技ルールなので仕方がありません。

 

昨年の最終試合と同様に、TOP8まであと一歩というところに収まりましたが、内容に成長が見られましたので、この結果を前向きに捉え、次なるステップに繋げてほしいと願います。

 

小さな成果でも、確かな一歩を積み重ね、過去の自分に挑戦し続けることができれば、結果とは焦らずとも付いてくるものです。大切なことはその過程を楽しむこと。裏方であれば、楽しめるような環境を創ること、そう思います。

 

GW中の記録会ということもあり、保護者の姿が多く見受けられました。

静かに見守る人、檄を飛ばす人、細かく指示を出す人、睡魔に耐える人(私)。そして、半眠の耳に聞こえてきます。

どの子が勝った…負けた…記録を出した…とか。誰もが「結果」を気にしています。

 

そんな時、思います。私は子供の成長曲線を長い目で見てあげようと。

 

子供の成長特性を調べるほど、私は子供たちが自信を持てるように、また自信を失わないように、その子の特性に応じた適切な指導や指示、言葉を選ぶ必要性を感じます。そうしたことを知ることが、応援するということと、解釈しています。

 

例えば、成長期に入る前と、成長期が落ち着いた後に、無理な変化を求められ、そこに才能の欠如を感じ、それまで続けていたスポーツを辞める子供が多くいるそうです。

 

大半は保護者の判断だそうです。

 

 

(終わり)

言葉の前に

子供たちと一緒に動くと、子供の声が聞ける楽しさがあります。

子供たちの言葉は直感的で、時に残酷で、聞いていて実に面白いです。録音して当事者に聞かせたいくらい。

 

「あのオジサン、偉そうに言ってたけど、走ったらオレの方が速いし…」

「良いって言ったり、悪いって言ったり、皆(大人)言ってること違うし…」

「協力しなさいって、自分(大人)がしてないし…」

 

子供に限らず、人間は自分に都合を合わせます。私自身もそう。幼少の記憶では、褒めてもらったことしか覚えていません。また褒めてくれた人の「今」しか関心がなく、見て確かだと感じたもの(手本)と、そこに基づいた言葉しか、記憶に残っていません。

 

見て真似る子供には、言葉の前に見せる必要がります。私が子供と体を動かす理由です。その上で、言葉は子供の性格や捉え方、タイミングまでを考慮したものである必要があります。そうでないと、「あのオジサン…」って言われてしまいます。

 

指導者の教えは、伝え方は違っても本質的な部分では、然程の違いは無かったりします。問題は捉える側に寄せた伝え方であるか、そういうことだと思います。

 

幼い子供に対しては「昔は凄かった」という理屈は、あまり力を持たないことを知ると、言葉を伝えるに相応しい今の姿が大切なことに気付きます。

 

だからこそ、一緒に動けるオジサンである必要があるわけです。

 

「あのオジサン、只者じゃない…」

 

そう思わせたら、子供たちにもR40の言葉は届くはず…….たぶん。

 

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(終わり)

趣味から学ぶ 其の2

相変わらず踵痛が回復せず、走れない苛立ちが続く私であります。

こんな時は相場と一緒で痺れを切らしたら負け。陸上もFXも、敗因は大凡自分の心にあったります。

 

相場は結果を求めすぎると、驚くほど負けます。デイトレやスイングでどうやったら勝てるか、これまでもテクニカルやインジの読み方に対して、習得時間は積みましたが、私の場合は投資本のタイトルにあるような「こうすれば勝てる」的な明るい結果には繋がりませんでした。

 

ただ、なぜか失敗しているときは、目先の値動きに翻弄されていたり、負けを取り返そうと感情的になっていたり、過信していたり、損切を曖昧にしたりと、心の安定度合に因ることが殆どでした。

 

事実から読み取れる幾つかのパターンを知り、失敗しても無理のないところで、先回りしてみると、案外上手く立ち回れることが多くなった気がします。手法はメンタルの上に成り立つ、そう考えるようになりました。

 

「木を見て森を見ず」

 

仕事でも、家庭でも、陸上でも、相場でも、そう思うのであります。また、それでも沢山失敗します。その時は「山」まで見ることにしています。更に失敗します。そしたら一旦「空」を見て休みます。

 

痺れを切らしてしくじった「激痛」からの教えです。

振り出しに戻る…です。

ヒーローは遅れてやってくる

シーズンが始まりました。息子(Age.8)、27日に初戦とのこと。

勿論、試合なので順位がありますが、他者との優劣を比較評価するには時期尚早。

挑戦させるところは、自分の過去の記録。要はベスト(PB)であります。

 

身長118.7㎝、体重20kg、抜けた歯の数2本。趣味はトレカ(ドラゴンボールヒーローズ)収集。秋葉原出張が好き。

背の順は常に最前列をキープしています。

 

息子に言っています。

「悟空(ヒーロー)は遅れてやってくる…」

 

15歳頃までの子供には、±3歳くらいの成長差があるようです。息子の成長段階は平均より-2歳程度となります。

それを親子で正しく認知しておくことが、大切なのだと思います。

 

今は目先の競争を意識することよりも、正しい動作の引出しを増やすことに拘り、そこに楽しさを与えています。

形(型)は土台となり、成長後の修正は時間を要します。

 

競技場に紙パックジュースの自販機があり、練習後の楽しみになっています。

息子は牛乳を選んでいたので、私が「背を気にしているのか?」と聞くと、「美味しいから」と言っていました。

練習の跳躍では3mを2本跳んでいました。牛乳バンザイ。

 

ちなみに私の身長は180㎝、晩成型でした。中学生の頃、ライバルがオジサンのように見えたことを覚えています。

 

今は逆かと思います。

 

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(終わり)

なぜ勉強するのか

上の子(中学生)が社会の授業で「なぜ勉強するのか」ということを考察した、と話してくれました。

生活のため、好きな仕事に就くため、有名になるため、お金を稼ぐため...

 

子供たちの答えからすると、この質問「なぜ働くのか」と似ています。

生活のため、幸せのため、生きがいのため...

 

働くとはそのための手段であり、それは人の役に立つことであり、仕事であると。

だから小さい頃から、「人のため」に対する教えを受けてきます。

 

この「人のため」という言葉をについて、確たる自分(信念・心)が前提にあって、語れるものと、私は考えます。そうしたものがないと、尽くすことに対して違和感を覚えたり、自己軽視でないかと迷いが生じたり、改めて自分の心と向き合うことになります。

R30後半まで「振り出しに戻る」を繰り返した、私の本音です。

 

だからこそ、勉強や働く理由が、心の底から涌出る自分の意思に因るものかどうか、この重さを感じてなりません。

 

「なぜ勉強(働く)するのか」

 

この答えは人によって異なるでしょうが、私はこう考えます。

それは「どう勉強(働く)するのか」を考えることであり、更に言えば、どう生きるのか、何を成したいのか、その思いを知るためではないかと。

 

それが分かれば、あとは意思に負けない自分を作るだけのこと。

そんなふうに思うのであります。

 

 

 (終わり)

マンガ大人買い

今更ですが、好きなことを好きに綴っています。

ビジネスでブログをしていた頃のような、変な取り繕いも必要なく、自由気ままに心の声を吐き出しています。

溜まった脂肪を燃焼させる感覚です。

 

さて、今宵も好きなこと書いていきます。私の楽しみのひとつ、マンガの大人買いであります。

 

Amazonで、ときにはメルカリで、状態の良さに目を光らせて買付けています。

レンタル落ちや転売品でないか、ハズレを引かないように。

 

私の読書は実用書(不動産鑑定)が中心です。普通の人が本屋で手に取ったら、3秒で元の位置に戻すような類です。

 

マンガの大人買いは、脳が疲れたときの反動だと思います。

ビジネスや自己啓発本を読まなくなってから、マンガの占める割合が高くなりました。

 

今、それを子供たちが読んでいます。

「インベスターZ」など難しく感じるものもあるようですが、私に質問しながら、何気に読み切ります。

ちなみに長女は「スラムダンク」が好きなようです。次男は「デカスロン」を読んでいた気がします。

自分に身近なストーリーに共感を得るのでしょう。

 

マンガのキャラクターの言葉は、忘れられない言葉として、何年も心に残ることがあります。

読者は自分が言われたかのような気になります。

 

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私の心にも残っています。

 

 

(終わり)